転載元:分かりやすく説明されてるブログ。
http://d.hatena.ne.jp/tsumiyama/20100818/
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さて。
下の図が羽生の「神の一手」が飛び出した局面。
手前の先手が久保。奥の後手が羽生。ここまで67手指していて、次は羽生が指す番です。
いきなりこの図を見ても普通の人には分かりにくいと思うので、羽生の陣地Aと久保の陣地Bに分けて簡単にどういう状況か説明します。
まずAの羽生の陣地を見ると……
aのマスに龍という駒が攻め込んでいます。龍は将棋では最強の駒、まあ呂布みたいなもんです。
矢印で示したように、タテヨコに龍の駒が利いてるので、羽生の王様は下に逃げることができませんし、そのうち桂馬も取られてしまいそうです。
呂布に城の中に侵入されてるワケですから、部分的には大ピンチといっていいでしょう。
さて一方、Bの久保の陣地を見ると……
aのマスに羽生の角が攻め込んでいます。角も攻撃力の高い駒。まあ関羽といったところでしょうか。
しかし、よく見てみると、この角はbのマスにいる金で取られてしまいそうです。
一見cのマスに逃げられそうですが、実は遠くaの龍が利いていて取られてしまいます。角が単独で抵抗するならdのマスの金を取って心中するくらいです。
呂布は攻めてくるわ、関羽は捕まるわで、素人目には結構大変な状況に見えます。
で、俺はこれをリアルタイムで観戦してたのですが、まあ重要なのは自分の角と相手の龍だろうと。
角を死ぬ前に働かせるか、あるいは相手の龍の働きを弱めるか。
難解すぎて俺の棋力では具体的な手順は分からないんですけど、そーゆー意味の手を羽生は指すんだろうな、と思っていました。
しかーし! ここで羽生が放った手は……
3六歩!!!
角も龍も放置して、歩をちょいと進めるだけの手だったのです!
えっ? なにそれ?
呂布放置、関羽見殺しで、城の外の名もなき一兵卒を一歩進めただけ?!
驚いたのは俺だけじゃありません。
控え室で検討していたプロ棋士のみなさんも悲鳴をあげたそうです。
(控え室で検討していたプロ棋士たちの声です・笑)
「こんな手があるの?」
「ええっ、どういうこと?」
「ひぇ~」
「えっ、ここで突いたんですか」
「ここで△3六歩~ぅ」
「角取れるよ?」
うーん、角が取れるのは俺でも分かります。
この局面で、龍を放置したまま、タダで角を取られるとどうなるかっていうと、例えば王様の下から角を打たれて、王手飛車取りを食らっちゃうんですね。
普通、これはタマランです。
でも羽生の3六歩はこれを「やってこい!」といってるのです。
控え室の棋士からは更にこんな声が。
「おかしいでしょ、こんな終盤で手を渡すなんて」
狂人あつかいです(笑)
子どもの頃からどっぷり将棋漬けで、厳しい戦いを勝ち抜いてきたプロ棋士にしても、完全に理外の一手。それがこの3六歩だったのです。
この3六歩のあと、すぐ角を取ると、3六の歩は更に進んでと金に成りこんな局面になります。
と金ができたおかげで敵の王様も危なくなってるんですが、すぐに詰むワケじゃありません。先ほどの王手飛車取りをかけられてそのまま詰まされたら負け。すぐ詰まされなくても、あと一手で詰む状態の「詰めろ」をかけられてもたぶん、負けです。
と こ ろ が。
ここで王手飛車取りを食らっても、羽生の王様は詰まないどころか詰めろにもならないようなのです。*1
一方、羽生のと金は確実に敵玉に迫っており、王様さえ捕まらなければ、羽生の必勝になるのです。*2
久保は、この王手飛車取りの順ではなく、龍で桂馬を取ってから角を取る順を選びましたが、これでもやはり羽生の王様は捕まらないのです。
72手目の局面
ここで久保は角、桂、香、歩の持駒があるのですが、羽生の王様に迫る手はなく、プロ的にはこの局面は羽生勝ちになっているそうです。
実際の対局も羽生がこのまま勝ちきりました。
思わず貼りたくなる……
羽生が指した3六歩という手は、何もないところから突然出現したワケではありません。将棋は完全情報ゲームですから、3六歩という選択肢は盤上に存在していたのです。
しかし、それは誰にも見えませんでした。
間違いなくそこにあったのに、人々の認識の外にあり、誰にも気づかれなかった一手。一人の男が、わずかに指先を動かしただけで、それは誰の目にも見える形で顕れ、多くの人の度肝を抜き、ある者には感動を、そしてある者には恐怖と絶望を与えたのです。
──これは、この21世紀に確かに存在する、魔法です。
将棋って面白いんですよっと。